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サダナリデラックスブログ

第84回-雑誌記事からこぼれたこと-その1・映画に描かれたヴァン・ダイク・パークス

月刊誌「JAZZ JAPAN」の新作映画レビューをほぼ毎月書かせて頂いている。私個人の連載というわけではないのだが、2012年3月から年に10回前後、75回くらいは書いている。

しかし、文字数、行数に厳密な規定があり、書きたいと思ったことを諦めることもある。いや、正しく言うと、最初に文字数を考えずに好きなように書いて、あとからどんどん自分自身で削って行く。そして実は、削れば削るほど文章は引き締まり、面白くなって行く。ここは文字数制限の少ないネット媒体とは大きく異なっている。

「削れば削るほど文章は引き締まり、面白くなって行く」とは言うものの、その削った文章の中には「これは伝えられずに残念だったな」と何年も気になっているものもある。例えば2015年8月に公開されたブライアン・ウィルソンの伝記映画『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』のある描写。

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この映画、『ペット・サウンズ』セッション(1965~66)を中心とした60年代のブライアンと、ユージン・ランディ医師という怪人物に支配されていた1980年代の彼を二人の俳優(60年代はポール・ダノ、80年代はなぜか全く似ていないジョン・キューザック)が演じる不思議な構造だった。
そして唖然とするのが60年代の再現っぷり! 66年11月とされるかの「ファイヤー・セッション」では消防士のヘルメットを被ったキャロル・ケイ(b)のそっくりのTeresa Cowlesまでも!! (写真は全て2015年の映画の方から載せています。ロックファンなら誰でも唸るハズ)

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いきなりマニアックなところに走ってしまったが、この映画で「これは伝えられずに残念だったな」と思っているのは実は我が師、ヴァン・ダイク・パークスについての描写なのだ。
演じているのは俳優でシンガー・ソング・ライターでもあるマックス・シュナイダー。「『ペット・サウンズ』から『スマイル』の挫折を描くならば、ヴァン・ダイクも出てくるのかな?」と思ったら見事に出てきた。しかも良く似ている! メガネ、髪形、服装。よくぞここまで!

BB5_013 Max Schneider as Van Dyke Parks

最初はBB5のメンバーと親しげに食事を供にし、『スマイル』をクラシックの名作のようにしたいなどと講釈を垂れるのだが、饒舌なヴァン・ダイクにメンバーは違和感を感じはじめる。そしてついに「出て行ってくれないか」と告げられて、ヴァン・ダイクはひとり去って行く…。

この「メンバーではないのにそこにいる感じ」、「出て行ってくれないか」から「ひとり去って行く」の疎外感としうか、馴染めなかった感というかが、「ホントにこうだったんじゃないか?!…」と思わせる、実にビミョーな空気の漂う演出だったのだ。

ブライアンとヴァン・ダイク、そしてBB5の他のメンバーとの関係は、それこそ30年以上追いかけて自分なりに想像をしていたが、いやびっくり、まさにその想像通りの演出であり、映像だった。ヴァン・ダイク本人はどう観たのかなぁ…。

この映画のヴァン・ダイク・パークスに注目している人も少ないと思うが、『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』のこの場面は特筆に値する、が、文字数の限られたメジャーなジャズ雑誌に書くわけには行かず、いま、ここに書いた。ご覧あれ。

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第83回-拍手の起こる映画

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かつてこのブログに映画『丹下左膳余話・百萬両の壺』('35年・日活)のことを書いた。「私は映画館で、あれほどまでの歓声を聞いたことがない」、「満員の場内、全員が拍手。立ち上がって、スタンディング・オベーションをしている者までもいる。私ももちろん、力の限り拍手をした」-実はこの映画に対して拍手をしてしまう感情というかトリガーというかは、実はエンディングの一瞬にかかっているのではないかと考えている。

この『丹下左膳余話・百萬両の壺』がまさにそうなのだが、他には川島雄三の代表作『幕末太陽傳』('57年・日活)や、成瀬巳喜男の『秋立ちぬ』('60年・東宝)など、それまで積み上げてきた物語と人物像のパワーや感情がピークに達し、さらに意外な展開を見せ、余計な余韻や説明なしに「スッ」と終わる。「もう、これは拍手するしかないな」という演出、編集があるのだ。

(逆に劇中では大感動してもエンディングでハズしてしまう映画もある。去年話題になった『カメラを止めるな!』はそこが残念だった。本当に面白い映画だと思ったが、ラストショット~エンディングが締まらず、拍手のタイミングを逸してしまった…)

最後の最後に強烈な一言が来る映画もある。近作ではリドリー・スコットの『オデッセイ』(2015年)がそうだろう。さらにラストシーン、ラストショットが爆笑を呼びこらえきれずに拍手してしまう映画もある。例えば'97年の『フル・モンティ』がそうだ。
しかしこの「最後の最後に強烈な」映画は、その詳細が説明出来ないのが残念だ。そこを詳しく書くのは絶対にやってはいけないことなので…。

さて、なんで突然こんなことを書いているかというと、まさに今日、アカデミー賞作品賞を獲った『グリーンブック』がその「最後の最後に強烈な一言」という作品だからだ。日本公開は今週末3月1日の金曜日なので、それこそ詳細は書けないが、「とても『オデッセイ』に似ていた」とだけ書いておこう。

この作品、去年の秋にネットで見つけてレギュラーで映画評を書かせてもらっている雑誌JAZZ JAPANに推薦。「日本公開が決まったらレビューを書きたい」と数ヶ月前から注目していた一本なのだ。
あまりにも重厚な『ローマ/ROMA』に圧されて、作品賞は無理かと思ったが最後の最後に大逆転(?)。見事作品賞に輝いた。どんな映画、どんなエンディングかは、ぜひ映画館で。よろしければ最後の一言で拍手を!

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第82回-中古レコード店の教え

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再開発による区画整理で跡形もなくなってしまったが、かつて大船駅のモノレール出口の下に中くらいの大きさの新譜兼中古レコード店があった。「大船ミュージックショップ」といったような気がするが、さだかではない。

小学校6年生頃、実家のあった逗子から大船の学習塾に通っていた頃に出入りし始め、中学校時代には頻繁に通っていた。ひとりで行ったこともあれば、親と一緒に行ったこともある。例えばハーブ・アルパート&ティファナ・ブラスの2枚組ベストアルバム(もちろんLP)を買ったりもして、思い出深いお店である。

さて、時は過ぎて高校3年生頃だったか、人生で初めてここにレコードを「売ってみよう」と持ち込んだことがあった。持って行ったのは『URGH! A Music War』という1980年前後のニューウェイヴ・バンドのライヴをコンパイルした記録映画のサントラで、アルファレコードからの国内盤2枚組だった。これを選んだのは「カセットテープにダビングしたものを聴いていれば十分で、オリジナルにはそれほどこだわりはナイから」と「国内盤の美品2枚組で、買い取り価格も悪くないのではないか」という理由からであった。

ところがなんと店主に「売らない方が良いですよ」と言われた。4000円もしたのに買い取り価格は800円、店主自ら「安いでしょう?」と仰る。そして極めて丁寧な口調で「高校生なのに高価な2枚組を買おうなんて、ここに入っている音楽が聴きたくて買ったのですよね?」、まさにその通りなので「はい」。POLICEやDEVOといった大御所と一緒に、夢中になっていたXTCやあのダニー・エルフマンが在籍したオインゴ・ボインゴ、クラウス・ノミやペレウブ、ギャング・オヴ・フォーなど、ともかくあの頃の聴くべきバンドが全て入っている傑作コンピなのだ。



中古レコード店の店主から「レコードを売るな」と言われるのもヘンな話だが、「もう暫く持っていないさい」と諭されてすっかり気分が変わってしまい、結局その時は手放さず逆に店頭にあったビージーズ「マサチューセッツ」のシングルを買って帰った。なんとも不思議な話だ(いま考えるとオインゴ・ボインゴからの差がスゴいが)。



しかしその教えが聴いたのか、アナログEP+LPで数百枚、CDは多分2000枚くらい持っていると思うが、実は1枚も売ったことがない。店主の言った通り、何かの考えがあって買ったもの。一時的には飽きていても、いつかその意味が出るように思うのだ。

大船ミュージックショップには高譲が発行していたミニコミ『REMEMBER』が置いてあり、レジカウンター付近の特別なエサ箱には当時の私でもわかるくらいの欧米ロックの貴重盤が並んでいたので、あの店主氏、かなりの人物だったのだろうなぁと(大船閉店後、横須賀のヤジマレコード本店に移籍したらしい。そのヤジマももうないが)。

7年ほどまえにツイッターで大船ミュージックショップについてつぶやいたところ、「私もあそこが思い出の店」というレスが少なからずあり。こんな逸話の通り、街のレコード屋さんこそが本当の宝なのだが…。

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第81回-シングルしか買えなかった

生まれて初めて自分の小遣いで買ったレコードは小学校5年生の頃、1975年8月5日発売のダウンタウン・ブギウギ・バンド「商品には手を出すな」だったが、まぁ、この話は別の機会にしよう。
それよりも、新しくリリースされる数々のレコードがどれも魅力的に見えて、どれもが欲しくなった中学2、3年の頃、1979年から80年にかけての記憶がたまらなく懐かしい。

とはいえ昭和後期の中学生、そんな潤沢に小遣いがあるわけではなく、LPレコードを我慢して、「せめてシングルでも」と買ったそのシングル盤がいまだに実家や自宅に残っている。もう40年前のものなのか。

例えばELO、エレクトリック・ライト・オーケストラの「コンフュージョン」。ELOは当時アルバム『ディスカバリー』が大ヒット。なにしろ「シャイン・ラヴ 」で始まり、「コンフュージョン」が続き、「ロンドン行き最終列車」を経て「ドント・ブリング・ミー・ダウン」で終わるという名曲目白押しの名盤中の名盤である。そりゃもうLPが欲しいに決まってる。
しかし当時のLPレコードは2800円。中学生にはちょっと高い。シングルは600円だったか…というわけで私が買ったのは「コンフュージョン/ロンドン行き最終列車」の両A面シングルであった。



さらにはMの「ポップミュージック」もシングルで買った記憶がある。数年後に坂本龍一とのユニットの失敗で世界的に評価を落とすことになるMことロビン・スコットも当時は大人気で、「『ポップミュージック』みたいな曲がたくさん入っているLPが欲しい!」とは思うが、なにしろ中2。そんな贅沢は出来ず、買ったのは「ポップミュージック」のシングルだった。
確かそのB面は「ムーンライト・アンド・ミューザック」だったのではないか。今となってはなぜかそのB面曲の方が印象深い。こんな曲だ。いやまぁ、こっちの方を載せておくのもヘンかもしれないが…(こんな機会でもないと採り上げられないだろうから)。



他にもP-MODELの「ヘルス・エンジェル」とか、私ではなく親友のTが買ったEPOの「ダウンタウン」とか、印象深いシングルが数々ある。ともかくお金がなくてそれしか買えなかったのだ。



しかし、なにしろAB面たった2曲を繰り返し聴き込んだのでめちゃくちゃ愛着がある。子供の頃に買ったシングルは「宝物」だ。

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