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サダナリデラックスブログ

第69回-年末に観るほっこり映画・その1

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「新年会をやりましょう」と知人にメールし、いつにしようかと思っていたらもう11月も20日を過ぎた。一体どうなっているのだろう?!

さて、子供が生まれる前、まだ夫婦二人で気ままに暮らしていた頃のこと、毎年年末になるとミニシアター系のちょっとした佳作映画を観に行っていた。選択方法はふたつあり、「なぜか年末にはほっこりした佳作が封切られる」という公開に合わせたものと、「数カ月前に封切られていたが見逃していた。どうにか年内には観ておきたい」というもの。今回は前者について書く。

公開日を調べたら2007年の12月22日だった。もう9年も前になるのか。有楽町のちょっとイイ映画館に観に行ったので、公開直後に観たのだろう。作品は『迷子の警察音楽隊』。イスラエル人監督によるイスラエル・フランス合作である。

1990年代初頭、エジプトとイスラエルが「もしかしたら二国は平和に共存出来るのかもしれない」と思われていた束の間の蜜月(?)を音楽を軸に描いた映画。エジプトの警察音楽隊がイスラエルに出来たアラブ文化センターでの演奏を頼まれて飛行機でやって来る。しかし空港に迎えはなく、若い楽団員が聞いた通りに移動すると、荒野の真ん中の辺境の町に…。

バスはすでになく、町にホテルはなく。食堂の気のいい女店主の計らいで楽団員は食堂や女店主の家、そしてなぜか食堂の客の家に宿泊することになる。見ず知らずのエジプト人が、突如イスラエルの田舎町、しかも一般家庭で一晩を過ごすというなんとも摩訶不思議な物語。

ほとんど観た人はいないと思うが、実はこの作品、この年の(国内的にも国際的にもほとんど話題にならない)第20回東京国際映画祭グランプリ受賞作品でもある。しかしいい作品だったなぁ…。

エジプトの音楽隊員は当然イスラームで、イスラエル市民は強固なユダヤ教信者。生活習慣も違えば言葉も通じるような、行き違うような。しかしその昔、イスラエルではエジプト映画-たとえば『アラビアのロレンス』の名優オマー・シャリフの恋愛映画など-が人気があり、また有名なエジプト人歌手-例えばウム・クルスームなど-も知られており、彼らの記憶の奥底にはエジプト人とエジプト文化に対する郷愁が静かに横たわっている。たった一晩の間に、それがじわじわと、昔を懐かしみつつ蘇って来て、本当にぽつりぽつりと会話が始まる。

また第三国の音楽も共通言語になる。客の家に泊まる羽目になった楽団員はまったく会話が成立しなかったが、「サマー・タイム」をきっかけに親交を深めて行く。そして秀逸なのが女店主が語るチェット・ベイカー。堅物この上ない団長が、実はチェットの大ファンでアルバムも全部持っており…というあたりで観客も「おおっ!」と盛り上がる(笑)。

エジプト人でもイスラエル人でも、イスラームでもユダヤでも、家族の問題や音楽や映画に対する想いは同じ…ということをたった一晩の、数名の会話で淡々と描く。こう書いていてもいい映画だったと痛感する。

そして翌朝、一行は無事に演奏会場に辿り着き、見事なまでのアラブ音楽の演奏を聴かせる…シーンでエンドマーク。いや、いい映画だ!

こんな佳作を年末ギリギリに観て、夕方の有楽町駅前に出て、「これは普通の食事じゃないよね」と前から気になっていた渋谷のエジプト料理店に行ってしまった。カミさんも私も煙草を吸わないのに、勢いで水タバコまで試してしまって。翌日アタマがガンガンしたが、あのエジプト料理店ももうないんだよなぁ…。

先日のリオ五輪ではエジプトの柔道選手がイスラエル選手の握手を拒否したとかで一揉めあった。この二国の関係は一口には語れないが(エジプトはイスラム圏でイスラエルを認めている珍しい国の筈なのだが)、ふたつの大国の関係を音楽隊と市民で描いた佳作で観るのもまた一興。DVDも発売されているので、この年末にご覧になってはいかがでしょうか。

第68回-記憶の曖昧さと天国と地獄

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2008年にノーベル物理学賞を受賞した益川敏英博士の逸話で、大学院時代に仲間と観た映画で「登場人物が赤い服を着ていた」、「いや青だった」と議論になり、確認するためにもう一度観に行ったところ白黒映画だったというのがある。

人間の記憶とはかくも不確かなものか、という実例だが、実は我が家にもよく似た話がある。

両親も私も、黒澤明の現代劇の傑作『天国と地獄』(昭和38年・東宝)の大ファンなのだが、この映画のとても重要なシーン…要するに刑事たちが犯人を追い詰めてついに逮捕するシーンについて、「あそこで流れる『真珠貝の歌』がいいよね」と語り続けて来た。
両親は昭和38年の公開時に観て、以降、名画座やTVで何回か観て、私は1978年、中学1年の時にイバイバル上映で、2年後にTVでの2回しか観ていなかった。

「緊張したあのシーンにムード音楽を重ねて来るとは! あのセンスが凄い!」、「鎌倉の海沿いで、しかもラジオ関東の番組からという設定にシビレるね」等々、絶賛に次ぐ絶賛なのだが…。

1990年代の半ばだったと思う。ついに「もうガマン出来ないからヴィデオを買おう」ということになり、まだ高価だったセルビデオを購入、土曜日の晩に家族3人で上映会を行った。

ところが逮捕シーンで流れるのは「真珠貝の歌」ではなかったのだ。

あえて曲名は書かないが、誰でも知っている少々大仰な、面白みのない曲だった。顔を見合わせて愕然とするサダナリ家3名。十数年間語って来たあの記憶は一体何だった?!
「このヴィデオ、違うヴァージョンなんじゃないの?」、「この選曲はダメだ! 『真珠貝の歌』の方が絶対イイ!」などなど、世界のクロサワも散々である。

他のシーンで流れたのを勘違いしていたのか、それにしては強烈すぎる。共同幻想というか、集団催眠というか…。人間の記憶なんてこの程度のものなのかとつくづく不思議に思っている。そしていまだに「この選曲はダメだ! 『真珠貝の歌』の方が絶対イイ!」とも考えている…。

第67回-冨田勲・賛-その4「本当の魅力」

冨田勲のシンセサイザー音楽について、3回にわたって書いて来た。しかし私たち日本人にとって、冨田勲が忘れられない音楽家である理由は、シンセよりもなによりも、その作曲とアレンジにある。あまり語られないが、これに尽きる。

つい先日、テレビ朝日の「題名のない音楽会」で冨田の特集をやっていたが、アレンジが酷すぎて途中で早送りしてしまった。
まず「リボンの騎士」がシャッフルではなかった。あの曲はジャズのブルース進行で強烈なシャッフルで演奏される。インスト版のこちらを聴くと、一聴瞭然。トイピアノによるクロマチックのフィンガー・モーションなど、完全にジャズだ。



誤解を恐れずに記せば、「リボンの騎士」に最も近い曲はレイ・チャールズのこれだろう。



さらに「新日本紀行」もドアタマのブラスがなく、しかもポリリズムっぽい(楽典的にはポリリズムにはなっていない)裏打ちのパーカッションも弱かった。それこそが「新日本紀行」の高揚感の源であるにもかかわらず…。これ以上正しい演奏はない、本人の指揮による演奏。



このオープニングのホルンも、実に細かい譜割りになっており、それを理解しない者が演奏すると台無しになる。そして1、3、5、6拍目のウラに入るカッティング。これらが正しく組み合わさって初めてあの流麗かつ妖艶な「新日本紀行」になる。そしてこの曲が影響を与えたとか、与えなかったとか、諸説あるのがかの坂本龍一「The Last Emperor」だ。



こうして観てみると、似ているような似ていないような(笑)。アカデミー賞受賞直後、当時の夫人だった矢野顕子が、自分の”出前コンサート”で2曲を続けて演奏して「そっくりよねぇ~」と(あの声で)言っていた、というのは知る人ぞ知る話。
実際のところは坂本は全く意識せずに作曲して、出来上がってから矢野に「新日本紀行みたい」と指摘され、「確かにそうだな」と認めたらしい。

(ちなみに上のラストエンペラーの演奏、鼓弓のパートをオープンホールフルートで代用。巧みにグリッサンドしているが、そうすると急に中華系の楽器に聴こえるところが面白い)

さてさて、奇しくも坂本龍一の名前が出てきたが、昭和40年代の小学校時代に冨田勲の名曲の数々を聴いていた私の世代は、中学校時代に有名になった坂本龍一のアレンジやコードの中に、どことなく冨田勲を感じていたようにも思う。今は事務所で文章を書いているため手元に楽器がなく、テンションやスケールの比較が正確には出来ないのだが…。





こうして考えてみると、決して歌謡曲やポップスの人ではなかったが、シンセサイザー以外の楽曲面で、どれほど強烈な忘れ得ぬ記憶を与えて去っていったか…。こうした楽曲面での詳細な研究は、もっと表に出ても良い。シンセサイザーだけではなく。

第66回-冨田勲・賛-その3「口笛吹き」

前回、トミタサウンドには「常連」ともいうべきいくつかの音色があり、ファンはそれに夢中になり、トミタ本人も自分の分身のように愛でていたと書き、まずは有名な(?)「パピプペ親父」を紹介した。ふざけた内容のようだが、この度のトミタ逝去のあと「パピプペ親父」の文字をネット上のあちこちで目撃した。やはりみんな、気にしていたのだ。

そして第二回。「口笛吹き」について触れる。これはもう、天国の音色だ。以下若干専門的な文章になるがご了解いただきたい。

トミタの口笛はシンセ本来の音源である発振器、VCOを使わない。ここが最大のポイントである。まず「ザー」というホワイトノイズを出力する。次に音色に鼻を摘んだようなクセを付ける「レゾナンス」を上げて、同時に高音を削る「カットオフフィルタ」を下げる。するとあるところで「ピー」と発振が始まる。これらは全てフィルタの機能である。
そしてキーボードトラックとかベロシティと呼ばれる鍵盤の上下とフィルタの開閉を連動させるボリュームで、発信音を正しい音程変化にする。すると発信音は鍵盤に合わせて口笛を吹いたように曲を奏で始め、そして音程の高低=フィルタの開閉に合わせて漏れ聴こえるノイズの音もまるで唇の形を変化させているかのように変化する。これが、魅力的なのだ!

もうトミタは、「フィルタの発振で口笛の音を作った人」というだけで歴史の教科書に載っても良いのではないか? というのは大げさだが、シンセ奏者にとってはそれくらい重要な意味がある。

実際の演奏に於いては、さらにエンベロープ(ミクロな単位で見た時間に対する音量の変化)を調整し、さらにフィルタの開閉をホイールでスムーズに変化させて(この2つがキマルとポルタメントのような効果が出る)、最後にビブラートをかけて人間が気持ち良さそうに口笛を吹いている様子を表現している。
トミタ自身このサウンドは昔から大好きだったようで、その原型は実に1970年代初頭のNHK「みんなのせかい」のテーマ曲で聴くことが出来る。なんとこの番組、1972年4月のスタート時からこのテーマ曲を使用していた。45年近く前の話である。



私はこの「みんなのせかい」のテーマ曲が子供の頃から好きで好きで…1981年の夏、高校1年の時にはじめてのシンセであるKORGのMONO/POLYを親に買って貰ったが、自宅で電源を入れるなり、一番最初に作った音がこのノイズまじりの口笛だった(トミタシリーズその1で紹介した「スター・ウォーズのテーマ」もメロディーパートはこの口笛である)。

そしてこの「ノイズまじりの口笛」はYMOはじめ数々のテクノミュージシャンにも影響を与え、名機Prophet-5では同じ手法で、デジタルシンセのDX-7ではそのサウンドを踏襲したシミュレーションサウンドが作られた。例えば後期YMOの暗黒テクノの名盤『テクノデリック』('81)や、坂本龍一のソロ『NEO GEO』('87)など、この系譜のノイズサウンドがあちこちに登場する。このブログで詳説したイギリスのトニー・マンスフィールドがノイズ使いの天才と賞されていたが、考えてみればトミタこそその元祖ではないか。

またしても少々熱くなってしまったが、「ノイズもサウンドであり、音楽である」ということを教えてくれたのがトミタであったということだ。これはとてつもなく重要なことだ。

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