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第70回-年末に観るほっこり映画・その2

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うううむ…「年末に観るほっこり映画・その1」というタイトルで11月に前回を書き、12月に「その2」をと考えていたが、さすがに年末は忙しく見事に年が明けてしまった。

その2なしで次のテーマに進むのもヨロシクないので、簡単にもう1本採り上げる。「年末年始に観るほっこり映画」というのはちょっと強引か?!

仕事納めのあと、2008年の12月30日頃に観たのがミシェル・ゴンドリーの『僕らのミライへ逆回転』だ。この映画、その年の10月に封切られてテレビCMまで打っていたのだが、客入りがイマイチだったか上映館が減り、都内の三番館であった今は無き(大好きだった!)シネパトス銀座まで追いかけて観た。そしてエンディングで号泣した。

この映画、残念なことにゴンドリー特有のひねくれた物語のためにその骨子が正しく伝わっていない。ほとんどの紹介文は磁気が消えてしまったレンタルビデオショップの店員が、名作映画の数々を自演して取り繕う珍作と書かれている。そしてその自演のときにゴンドリーお得意の「手作り工作」が登場すると。

確かに前半はその通りなのだが、実はこの映画のメインストリーは後半部にある。そしてそれはほとんど紹介されていない。この作品、心温まるジャズ映画なのだ。

自演の『ゴーストバスターズ』や『シェルブールの雨傘』、『ライオン・キング』などの怪作が意外な評判となり、「次は自分たちのオリジナル作品を撮ってみよう」ということになる。そして選んだのがその店の建つ場所で生まれた早世のジャズ・ピアニスト、ファッツ・ウォーラーの伝記映画だ。

この企画に町中の人々が賛同し、住民総出の力作が撮影される。とはいえツメの甘い素人映画、ウォーラー誕生のシーンではものすごい老婆の股間から服を来た5歳くらいの男の子が登場する爆笑演出、いや笑わせるためにやっているわけではなく、本人たちはいたって真面目…というところが爆笑を呼ぶのだ。

しかしなぜかこのダメダメな素人映画も終盤になるとその世界に引き込まれて、ウォーラー急死(彼は人気絶頂の時に列車内で病死している)のシーンではしっかりと悲しさを感じる。出演者や近所の住民を集めての店先での「ワールド・プレミア」は大喝采に終わるが、実はその時に…という本当の結末は死んでも書けない。

そしてエンディングでは立ち退きを迫られていた店が、この上映会をきっかけにどうなったかが描かれる。映画を、音楽を、ジャズを、そして「自分たちの町」を愛する者に向けた、まれにみる傑作映画と断言出来る。

ネットでも紙媒体でも、「自演された名作映画が何本わかりますか?」的な映画マニヤのお遊び作品のように書かれており、この映画、本当に損をしていると思う。

年末に観るならばこんなハートフルな傑作がいい。「色々なことがあったが今年もいい年だった」と、コロっと騙されるからだ。映画に騙される快感、これがイイ。

第69回-年末に観るほっこり映画・その1

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「新年会をやりましょう」と知人にメールし、いつにしようかと思っていたらもう11月も20日を過ぎた。一体どうなっているのだろう?!

さて、子供が生まれる前、まだ夫婦二人で気ままに暮らしていた頃のこと、毎年年末になるとミニシアター系のちょっとした佳作映画を観に行っていた。選択方法はふたつあり、「なぜか年末にはほっこりした佳作が封切られる」という公開に合わせたものと、「数カ月前に封切られていたが見逃していた。どうにか年内には観ておきたい」というもの。今回は前者について書く。

公開日を調べたら2007年の12月22日だった。もう9年も前になるのか。有楽町のちょっとイイ映画館に観に行ったので、公開直後に観たのだろう。作品は『迷子の警察音楽隊』。イスラエル人監督によるイスラエル・フランス合作である。

1990年代初頭、エジプトとイスラエルが「もしかしたら二国は平和に共存出来るのかもしれない」と思われていた束の間の蜜月(?)を音楽を軸に描いた映画。エジプトの警察音楽隊がイスラエルに出来たアラブ文化センターでの演奏を頼まれて飛行機でやって来る。しかし空港に迎えはなく、若い楽団員が聞いた通りに移動すると、荒野の真ん中の辺境の町に…。

バスはすでになく、町にホテルはなく。食堂の気のいい女店主の計らいで楽団員は食堂や女店主の家、そしてなぜか食堂の客の家に宿泊することになる。見ず知らずのエジプト人が、突如イスラエルの田舎町、しかも一般家庭で一晩を過ごすというなんとも摩訶不思議な物語。

ほとんど観た人はいないと思うが、実はこの作品、この年の(国内的にも国際的にもほとんど話題にならない)第20回東京国際映画祭グランプリ受賞作品でもある。しかしいい作品だったなぁ…。

エジプトの音楽隊員は当然イスラームで、イスラエル市民は強固なユダヤ教信者。生活習慣も違えば言葉も通じるような、行き違うような。しかしその昔、イスラエルではエジプト映画-たとえば『アラビアのロレンス』の名優オマー・シャリフの恋愛映画など-が人気があり、また有名なエジプト人歌手-例えばウム・クルスームなど-も知られており、彼らの記憶の奥底にはエジプト人とエジプト文化に対する郷愁が静かに横たわっている。たった一晩の間に、それがじわじわと、昔を懐かしみつつ蘇って来て、本当にぽつりぽつりと会話が始まる。

また第三国の音楽も共通言語になる。客の家に泊まる羽目になった楽団員はまったく会話が成立しなかったが、「サマー・タイム」をきっかけに親交を深めて行く。そして秀逸なのが女店主が語るチェット・ベイカー。堅物この上ない団長が、実はチェットの大ファンでアルバムも全部持っており…というあたりで観客も「おおっ!」と盛り上がる(笑)。

エジプト人でもイスラエル人でも、イスラームでもユダヤでも、家族の問題や音楽や映画に対する想いは同じ…ということをたった一晩の、数名の会話で淡々と描く。こう書いていてもいい映画だったと痛感する。

そして翌朝、一行は無事に演奏会場に辿り着き、見事なまでのアラブ音楽の演奏を聴かせる…シーンでエンドマーク。いや、いい映画だ!

こんな佳作を年末ギリギリに観て、夕方の有楽町駅前に出て、「これは普通の食事じゃないよね」と前から気になっていた渋谷のエジプト料理店に行ってしまった。カミさんも私も煙草を吸わないのに、勢いで水タバコまで試してしまって。翌日アタマがガンガンしたが、あのエジプト料理店ももうないんだよなぁ…。

先日のリオ五輪ではエジプトの柔道選手がイスラエル選手の握手を拒否したとかで一揉めあった。この二国の関係は一口には語れないが(エジプトはイスラム圏でイスラエルを認めている珍しい国の筈なのだが)、ふたつの大国の関係を音楽隊と市民で描いた佳作で観るのもまた一興。DVDも発売されているので、この年末にご覧になってはいかがでしょうか。

第68回-記憶の曖昧さと天国と地獄

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2008年にノーベル物理学賞を受賞した益川敏英博士の逸話で、大学院時代に仲間と観た映画で「登場人物が赤い服を着ていた」、「いや青だった」と議論になり、確認するためにもう一度観に行ったところ白黒映画だったというのがある。

人間の記憶とはかくも不確かなものか、という実例だが、実は我が家にもよく似た話がある。

両親も私も、黒澤明の現代劇の傑作『天国と地獄』(昭和38年・東宝)の大ファンなのだが、この映画のとても重要なシーン…要するに刑事たちが犯人を追い詰めてついに逮捕するシーンについて、「あそこで流れる『真珠貝の歌』がいいよね」と語り続けて来た。
両親は昭和38年の公開時に観て、以降、名画座やTVで何回か観て、私は1978年、中学1年の時にイバイバル上映で、2年後にTVでの2回しか観ていなかった。

「緊張したあのシーンにムード音楽を重ねて来るとは! あのセンスが凄い!」、「鎌倉の海沿いで、しかもラジオ関東の番組からという設定にシビレるね」等々、絶賛に次ぐ絶賛なのだが…。

1990年代の半ばだったと思う。ついに「もうガマン出来ないからヴィデオを買おう」ということになり、まだ高価だったセルビデオを購入、土曜日の晩に家族3人で上映会を行った。

ところが逮捕シーンで流れるのは「真珠貝の歌」ではなかったのだ。

あえて曲名は書かないが、誰でも知っている少々大仰な、面白みのない曲だった。顔を見合わせて愕然とするサダナリ家3名。十数年間語って来たあの記憶は一体何だった?!
「このヴィデオ、違うヴァージョンなんじゃないの?」、「この選曲はダメだ! 『真珠貝の歌』の方が絶対イイ!」などなど、世界のクロサワも散々である。

他のシーンで流れたのを勘違いしていたのか、それにしては強烈すぎる。共同幻想というか、集団催眠というか…。人間の記憶なんてこの程度のものなのかとつくづく不思議に思っている。そしていまだに「この選曲はダメだ! 『真珠貝の歌』の方が絶対イイ!」とも考えている…。

第63回-映画に対する初期的衝動

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やたらと難しいタイトルですが、内容はたいしたことはありません(苦笑)。

今でこそ映画本や映画評の執筆を生業にしているが、実は世に言う「映画少年」的な学生時代を送ったわけではなかった…ような、それなりに送ったような、かなり微妙なところである。
ともかくラジオから流れる音楽が好きで好きで好きで、小学校の高学年から深夜放送を聴きまくり、ロクに睡眠も取らずに「宵っ張り」を超えるほど(朝まで)聴きまくり、両親に正座させられて長時間説教されるほどだった。それは中学、高校、大学時代も変わらなかった(しかも中学以降は海外放送を聴いたり、アマニュア無線の免許を取って自分で送信したり…)。「映画少年」ではなく、「ラジオ少年」だったのだ。年に数十本~百本超えで腰を入れて映画を観始めるのは高校卒業前後なのだが、この話はまたの機会に。

しかし映画と縁がなかったわけではない。父親が邦画の、母親が洋画のマニア。しかも実家が神奈川県の逗子市にあったので、映画関係者が数多く出入りしていた。松竹大船から至近(松竹関係者がともかく多く住んでいた)、日活”太陽族”発祥の地でもあり、映画について熱心な土地柄の恩恵に浴して小学校時代から地元の上映会で『家族』(昭和45年・松竹)、『忍ぶ川』(昭和47年・東宝/俳優座)、『約束』(昭和47年・松竹)、『旅の重さ』(昭和47年・松竹)などを観ていた。

これらが今の「旧作日本映画と音楽映画を専門としたライター」に繋がるわけだが、今日の話はまったく異なる。まだ映画を本格的に観始める前、小中学校時代に観た映画でも、今と同じくらいの衝撃を受けた作品があるのだ。そしてむしろ、そんな予備知識なしに幼い頃に観た映画の印象こそ、本当の感想なのではないかとも考えている。

例えば『ジャッカルの日』(1973年・英仏合作)。映画館ではなく、テレビ初放送だった1977年4月の『水曜ロードショー』観た。当然吹替えで、父親の腹を枕がわりにして、大の字になって(いい加減な格好で)観ていた記憶がある。
しかし、どんどん作品に吸い込まれていった。後半などまばたきもしないで観ていたのではないだろうか。そして衝撃的な、「まさか!」の結末。ネタバレになるので書けないが、「映画ってこんなに凄いのか!」と心臓が破裂しそうになった。
確かに映画も凄いが結末を決めたのはフォーサイスの原作本…いや、その原作の映像化が「凄い!」と思ったのだ。勲章の授与とキスの習慣、狙撃銃のスコープから見たその姿、そして…。いま思い出しても震えてくる。しかも映画はそこでは終わらない、「結局"ジャッカル"とは誰だったのか」というあのエンディング。
実はこの作品、'77年以来40年近く見直していないのだが、DVDもブルーレイも要らない。ほぼ完璧に脳裏に焼きついて、血となり、肉となっている。

ここで感じたのは、「映画人」の我々観客の予想を超える、覆すチカラの凄さだ。その意味でこの『ジャッカルの日』は忘れ難い作品である。もう一本、『猿の惑星』のエンディングも衝撃的だったが、これこそネタバレになるので何も書けない(苦笑)。

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