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2010年03月

第2回-愛すべき工作ジャズ




先日、あるところで「一度に複数の楽器を演奏するジャズプレイヤー」についての原稿を書いた。スペースが限られていたので、「こんな人がいますよ」的な紹介でとりあえずまとめたが、その執筆のために実際のサウンドを聴いたところ、非常に面白いことに気がついた。このブログは文字数の制限がないので(そのかわりに原稿料もないが)、勝手に続編(?)、「一度に複数の楽器を演奏するジャズプレイヤーのサウンド」について、心置きなく書いてみよう。

聴いてみたのは、まずローランド・カーク。続けてジョージ・ブレイス。あとは激しく持ち替えるという意味(?)で、ドン・チェリー。ジャズではないけれど、ギタリストのフレッド・フリスのユニット"スケルトン・クルー"。何でも演奏するという意味(だからどういう意味?!)で、ブラジルのエルメート・パスコアール。以上5組。これらの名前を聴いて、ニヤニヤ、ワクワクした人がいたら、私は非常に仲良くしたい(笑)。

若干の説明が必要だろう。ローランド・カークは盲目の(医療過誤で幼年期に失明)マルチリード奏者で、1977年に42歳で亡くなっている。代表作は1962年の『Domino』と、'68年の『The Inflated Tear~溢れ出る涙』、いや'61年の『We Free Kings』もイイ。
写真を見ていただければ一目瞭然だが、テナー+ストリッチ(ストレート・アルト)+マンツェロ(巨大なベルの付いたカーブド・ソプラノ)の3本を首から下げ、アルト・フルート、あるいは鼻で吹けるように改造してあるノーズ・フルートを手に持って…という、非常に忙しい人だ。そしてその特異性から、アメリカでは「道化師」、日本では「グロテスク・ジャズ」と蔑まれ…。
私はローランド・カークについて書く時に、いつも強力に弁護する。カークが演ろうとしていたのは、ウケ狙いでも、奇行でもなく、純粋な音楽的、対位法的演奏行為なのだと。確かに演奏している姿は珍妙である。改造楽器も(なぜか)海岸に打ち上げられた深海魚を思わせて、グロテクスだ。しかし、カークの音色、メロディー、ハーモニーのいずれも、辛いくらいにシリアスで、「これは襟を正して聴くべき、真剣な音楽なのだ」と感じる、のは、私だけだろうか。

ジョージ・ブレイスは1960年代にブルーノート、プレスティッジにリーダーアルバムを持つサックス奏者だが、'70年代以降はなんと楽器を自作。しかもストレート・アルトとソプラノ・サックスを溶接、三角形のひとつの楽器にしてしまったという、かなりスゴイ人だ。
その「三角形のひとつの楽器」は、日本では「ブレイスホーン」と呼ばれているが、正しくは"Braithophone"。「ブレイソホーン」と発音すべきらしい。まぁ、日本国民の何人にひとりが、ジンセイで何回くらい発音するかはワカランが。
ドラマーの小林陽一と親交があり、'95年に小林の尽力で初来日。その来日公演を、私は最前列で観てしまった(笑)。'39年生まれで、今でも現役。2010年にはやはり小林の招きで再来日という噂もある。最近は「ハンダ付けの技術が向上したので、昔よりも良い音がしている」そうだ。やはりスゴイ人だ。

続いてドン・チェリー。彼も1960年代のブルーノートにリーダーアルバムを持つ、ジャズ・ジャイアンツのひとり。残念ながら'95年に他界してしまったが、今は養女のネナ・チェリー、実子のイーグル・アイ・チェリーが活躍している(カッコイイお父さんを持って二人ともしあわせだ)。
ドン・チェリーの場合は前者のように一度に複数の楽器をくわえるわけではないが、最後の来日公演ではメインのポケット・コルネットを脇に置き、ステージにヤマハのDX-7を直置きして、あぐらをかいて演奏していたように記憶する。なんともマジカルな雰囲気の人だ。

スケルトン・クルーは…今はほとんど話題に出ないだろうなぁ。1982年結成で'86年に解散。私が高校生くらいの時に、『フールズメイト』などのニューウェイヴ系音楽雑誌で非常に人気があった。フレッド・フリス(G、Vin、Dr)とトム・コラ(Cello、Dr)のデュオで、上半身はギターやバイオリン、下半身でドラムセットという、「ビックリ人間大集合」のような人達だ。のちに1名増員し総勢3名に。演奏楽器は”3×2”で6つになったのかもしれないが、いまとなっては確かめようもない。
'80年代に吹き荒れたニューヨークのアヴァンギャルド・ロック、エクスペリメンタル・ジャズ(とか呼んでいましたっけ?)の中心的存在で、サウンドは極めてゲージツ的だった。

そしてエルメート・パスコアール。彼は「音楽の神」のような人だ。作・編曲とフルート、ピアノを専門としているが、「楽器」と名がつけば何でも演奏する。一番驚いたのは「池」を演奏している姿だ。パンツ一丁で口のところまで池に漬かり、「ブクブクブク~~~」と息を吐く。どうやら何かを歌っているらしく、確かに音楽のように聴こえる。
パスコアールの困ったところ、いや、凄いところは、彼の音楽に共感するメンバーが数多くいることで、今書いた「池の演奏」も数名のバンドメンバーと「ブクブクブクブク、モゴモゴモゴモゴ…」とハモっている。当然全員パンツ一丁。中には有名なベーシストもいる。後半はそのままの体勢で「瓶」を演奏しているのだが、こうなるとなぜ池の中なのか、なぜパンツ一丁なのか、哲学的なギロンが必要となる。
そして、43歳年下の妻(!)も重要なパートナーで、パスコアールの曲に合わせて、多重録音でコーラスをしている姿(ご丁寧に画面をいくつにも分割して奥さん何人も出現)を観ると、「似た者夫婦」…ではなくて、「同病相哀れむ」「割れ鍋に綴じ蓋」…でもなくて、「仲よき事は美しき哉」を痛感する。

とまぁ、こんなちょっと風変わりなミュージシャンをまとめて紹介すべく、そのサウンドを順番に聴いたわけだが(楽しいような、辛いような、不思議な作業である)、これからが本題。

「強烈な共通点があるな!」と気づいたのだ。特に前半のカーク、ブレイス、チェリーの3人。まず感じるのが、なんというか、リズムの「ギリギリ感」。一人で色々な楽器を演奏しすぎたり、色々な人を呼びすぎたりして、あと一歩でグダグタという印象がある(パスコアールは実際にタマにコケている)。さらに音の「出し方」が妙にぶっきらぼうなところ、各楽器のハーモニーが良く言えば立体的、悪く言えばバラバラなところも共通している。ひとつひとつの音が、があまりにも生々しく聴こえるのだ。

「なんだかこれはどこかで観たような、感じたような…」と思って考えると…「紙工作」だ。しかもかなり巨大な。フランス人映画監督ミシェル・ゴンドリーが、『恋愛睡眠のすすめ』(2006年)や、『僕らのミライへ逆回転』(2008年)で見せた、ダンボールを手で切って貼り合わせたような工作。
わかりやすくは「『できるかな』でノッポさんが作っていたような」、と言っても良いし、もう少し高尚に「ジョゼフ・コーネルの箱の中の世界」と言っていい。混沌と調和、若干のイビツさ、そしていくらかのユーモア。楽しいではないか!

ビル・エヴァンスの精緻なジャズとも、コルトレーンのタイトなジャズとも全く異なる、巨大な紙工作のようなジャズ。コイツにハマると抜け出せなくなる。

≪今回のお楽しみリンク≫

◇ローランド・カークの素晴らしいお姿
http://www.youtube.com/watch?v=cyxLKEXS9E0
◇ジョージ・ブレイスの麗しいお姿
http://www.youtube.com/watch?v=Id7qaVmX_DQ
◇ドン・チェリーの見事なサウンド
http://www.youtube.com/watch?v=AvI213pBr2w
◇ちなみにこっちはマジな演奏で非常にカッコイイ!これぞヒップ!!
http://www.youtube.com/watch?v=aNXePvT5H0s
◇スケルトン・クルー(注意:アヴァンギャルドな音がします)
http://www.youtube.com/watch?v=qtgzJQioXP4
◇必見!池を演奏するパスコアルご一同!
http://www.youtube.com/watch?v=06Qm-Z5OsHw
◇ご本人の名誉のため、こんな名曲も残しています(大好きな曲!)
しかし強烈なデュオだな(笑)
http://www.youtube.com/watch?v=Q3AT6WnU7Rg

第1回-アロハ

Honolulu_360.jpg

妻が「ハワイ日米キネマにみる戦後ホノルルの日本映画上映」という論文を教えてくれた。1904年から1970年代に至る、ハワイにおける日本映画輸入と日本映画専門映画館についての詳説で、立命館大学・権藤千恵さんの力作である。
『モヤモヤさま~ず』で有名になったハワイ出雲大社付近-いまはチャイナ・タウンおよび微妙に治安の悪い一角-が、かつては日本人街で、大層立派な日本映画専門劇場が5館もあり、彼の地の日系人に潤いを与えていた。しかし諸般の事情から、いまは影も形もなくなってしまった、という内容だ。「諸般の事情」とは、都市再開発計画、テレビ時代の到来、新作日本映画のテーマの変質、供給元の日本の映画会社の不振や倒産、等々。その背景は実に複雑であった。

さて、その文中でグッと来たのが、1903年に山口からハワイ渡り、実に70年以上、日系人社会のための芸能、映画に尽力した木村宗雄という人物の謝辞だ。1976年6月9日号のハワイ報知に掲載されたものだが、引用すると-

「私議七十年の長年月に亘り、芸能で、映画で、皆様方のお引き立てにあづかりましたが、九十歳の高齢を迎えましたので、完全引退の決意をいたしました。今回の引退に際し、今日までお引き立てくださいました知友各位に心から感謝の意を表します。アロハ」

「やっぱり最後は”アロハ”なんだ!」というところに(なぜか)ココロを揺さぶられた。こういう場面で、さりげなく、洒脱に、そしてその土地のアイデンティティを打ち出すことばがあるというのは素晴らしいと思った。しかも90歳での引退に際しての、70年分の「アロハ」。なんだか、泣けてくる。

世界各地に「標準電波局」というものがある。一般の方には「電波時計」といえばわかるだろうか。世界中に時報や電波伝搬状態(電離層の異常)を伝える不思議な長波、短波放送で、アメリカ・コロラドからのWWV局とハワイ・カウアイ島からのWWVHが有名である。
かつては日本にもJJYという短波局があったのだが、2001年に実に65年にわたる歴史に幕を降ろしてしまい、いまは長波での特殊な信号電波のみになってしまった。
私が世界中の電波を追いかけていた30年以上昔は、同じ周波数で送信されるWWV(弱い)、WWVH(かなり強い)、JJY(とても強い)がミツドモエになって聴こえていた。そこで「おぉ!」と思ったのが、WWVHである。毎時59分になると次のようなのアナウンスが入るのだが-

"National Institute of Standards and Technology Time. This is radio station WWVH, Kauai, Hawaii, broadcasting on internationally allocated standard carrier frequencies of 2.5, 5, 10 and 15 megahertz, providing time of day, standard time interval, and other related information. Inquiries regarding these transmissions may be directed to the National Institute of Standards and Technology, Radio Station WWVH, Post Office Box 417, Kekaha, Hawaii 96752. Aloha!"

そう、最後がなんと"Aloha"なのだ。
無機的極まりない時報音に重ねて、コールサイン、送信周波数、住所、そして"Aloha"。雑音の中からこの"Aloha"を確認し、「うわー!ハワイの電波聴いてる!」と身を震わせていた、ゾク~っとしていた小学生のサダナリであった。他のアナウンスが超事務的なので、この"Aloha"はこのうえなく効いた。そしてそれはここで聴ける↓。

http://www.youtube.com/watch?v=WIvqlkJ2hFA

しかし、ここでもやっぱり「アロハ」なんだなー。
なんだか、魔力があるな、アロハには。

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