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2010年08月

第7回-海外のSF作品について

Orphans of the Sky


SF児童文学の現状批判2
「海外のSF作品について-ウエルズさまに、ベルヌさまさまの…」


はじめに

わたくしたちは、いままでに数多くのSF作品に接してきました。読者であるわたくしたち自身が、それを意識していたかどうかは別として、作品名をあげれば、<あっ、あれもか。これもそうだ>というように、次から次へと出てくるはずです。
このような海外のSF作品が、日本に紹介されはじめたのは、明治初期のことでした。『新設・八十日間世界一周』(川島忠之助訳)が明治十一年に、『二万海里海底旅行』(鈴木梅太郎訳)が明治十三年にというように、すでに九十年の歴史を持っています(中略)。
ところが九十年たったいまでも、SFが正しく理解されているとは限りません。-SFの定義については、どなたかが別に書かれるとは思いますが-。たいせつなことなので少しだけふれてみようと思います。

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以上は私の文章ではありません。こんなことをするのは初めてですが、私の父親が今から42年前、昭和43年(1968年)に河出書房の『日本児童文学』3月号に発表した、海外のSF作品についての紹介、評論文の冒頭部です。

そろそろお盆も近く、私の父親も…実家で母親、ブラックラブラドールと共に極めて元気に健在ですが(笑)、いや、不思議なものですね、自分の肉親が何十年も前に書いた文章に接するというのは。この文章を知ったのはまったくの偶然で、とあることで父親の名前を検索していて、ひっかかってきたのです。あれ?なんだか、文体が父親に似てしまった(苦笑)。
大阪の吹田市にある財団法人大阪国際児童文学館の索引に父親の名前があり、現在は廃止されてしまったかもしれないインターネット経由での資料コピーサービスで東京まで取り寄せました。

私の父親は当時はまだ水産会社の社員だったはずで(ついでに私は2歳半で)、このSF論も「二足の草鞋」で書いたものだと思います。父親は昭和14年の2月生まれなので、この文章は若干29歳のときのものですね。若いわりにがんばっているな(笑)。
父親はその後、会社を辞め、自分で会社を作り、文筆業を経て大学で教鞭を執りますが…血は争えないもので、私も同人誌ではなく、原稿料を貰って文章を発表したのは、新卒で入った電線会社社員時代でした。その後、出版社に転職、そこも辞めて文筆業兼会社経営者となりますが、大学のセンセイにはなれないでしょう。無念。

ちょっと残念なのが、父親の文章はインターネットなど影も形もなかった1960年代に書かれたもので、全文に触れる機会が極めて限られていること。せっかくなので、ここで全文を公開しようかと思いましたが、これが非常に長い。好きな分野のことを書くと、妙に長ったらしくなるのは親子共通だった模様(笑)。肉親の文章とはいうものの、版権上の問題もありますし。

今の私よりも15歳も年下の自分の父親の文章(ややこしいな)が、このあとどうなるかというと、SFの元祖的作品としてまずスウィフトの『ガリバー旅行記』を挙げ、続いてウエルズの『宇宙戦争』が昭和31年から37年までの間に、5回にわたって(というか"5回も")和訳されていることを説明。
あとは注目作品の詳説で、ベリヤーエフの『合成人間』を、「子どもたちは学問の意味を再考するでしょう」と紹介。ハイラインの『のろわれた宇宙船』は、「彼の描く未来社会や事件、登場人物といったすべてのものがリアリティをもって、読者であるわたくしたちにせまってきます」と賞賛しています。
そして、スロポトキンの『三人乗りの宇宙船』を採り上げ、「(登場人物の)おばあさんを通して、世の常識主義、直感的経験主義とかいうものが、どんなにもろいものかを教えてくれます」とまとめています。
なるほど、父親の趣味はこのあたりだったか。しかしわずか6ページながら、引用、紹介している作品数が膨大。ウチのオヤジってこんなにSFに詳しかったのか?! ベリヤーエフとスロポトキンは、私も読んでみたくなったな。

結論部分が興味深く、「SFでは、あらゆる可能の世界を舞台にとる権利を留保しているのです。」と切り出し、ここで副題となっている「ウエルズさまに、ベルヌさまさまの…」が登場します。

「アシモフ、ハイラインといった本物の小説としてのSFが書ける作家が登場して、彼等がすぐれたジュヴィナイルものを書いているにもかかわらず、いまさら、ウエルズさま、ベルヌさまも、あるまいに」

-と少々過激に提起。上記、「原文ママ」です。こんな出版社に楯突くような文章、よく載せたな、河出書房も(笑)。一応その直後に「…と思うのは、わたしの偏見でしょうか」とフォローしていますが。
この名作偏重傾向は出版社の事情だけではなく、「読者であるわたくしたちに、その責任の一端がある」とも書いていますね。この視点は私にはないものなので、勉強になります。2010年のいま、私(定成ムスコ)のまわりで、「ジャズファン、映画ファンであるわたくしたちに、その責任の一端がある」ケースもあるでしょう。ううむ…。

最終的に児童文学は「名作物の花ざかり」が多いが、SFはよりその傾向が強く、父親としては、1940~60年代に書かれた-当時としては「近代の」-優れた新作を読んで欲しい、という趣旨だったようです。最後は「近年さかんになった、日本のSF創作どうわの中に、むしろ海外のそれよりも、すぐれた作品があるように思えるのは、わたしだけでしょうか」と締めています。なるほど、そうまとめましたか。

ついさっき、ツイッターで権威的な映画監督よりも、すぐれた職人監督こそ素晴らしいとつぶやいたばかりです。「小津安二郎より成瀬巳喜男、市川崑より川島雄三、黒澤明よりも丸根賛太郎や岡本喜八、と思うのは、わたしだけでしょうか」。最後のフレーズは父親の文章のコピペです(笑)。

似ているような、似ていないような、不思議な親子の話でした。

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