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2010年12月

第11回-谷啓さんのこと・その1

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かなりショックだったので、なかなかまとまらなくて、谷啓さんの追悼文が書けませんでした。
今年一年を振り返って、最も悲しかった出来事かもしれません。しかもその最期があまりにも意外で、あまりにもあっけなかったので…。

私は会社員時代、文筆業時代を通じて、膨大な量の文章を発表して来ましたが、自分の出身大学については一回も書いたことがありません。
現役から二浪まで、3年間で19回も入試を受け、2勝17敗。下から2番目の学校だったので、不本意極まりなく、またこれといって特色のあるところでもなく、ユニークな先輩・後輩がいるわけでもないので、まぁ、要するに、「ネタ」になりにくいわけです。

ところが出身高校については、「逗子開成高校」という学校名入りで、数えきれないくらいに書いています。それは谷啓さん、いや、谷啓先輩がいたからです。
ジャズ、管楽器、日本映画、コメディ、そして奇行&奇想の人、谷啓さんがいたから今の私があるといっても過言ではないでしょう。「どんなものが好きなのか」「どんな人間なのか」と聴かれたら、「谷啓さんみたいな世界で生きている」と答えるかもしれません。
誠に僣越かつ勝手ながら、「谷啓」はいまの私を表すきわめて重要なキーワードになっています。

ここまで書きましたが、実は谷啓さんご本人にはお会いしたことはありません。11年間のサラリーマン生活を終え、「日本映画狂のジャズライター」という身分になったので、何らかのツテを辿って「いつかお話ししたいな」と思っていたのですが、まさかこんなことになるとは…。

昭和・平成の名優であり、また偉大なジャズメンであった谷啓さんのことを綴ると、スペースがいくらあっても足りないのですが、まず思い出すのが1982年(昭和57年)にNHKの銀河テレビ小説で放映された『聖者が街にやって来た』という連続ドラマのことです。
作家の故・井上ひさし氏の何冊かの自伝小説をまとめた作品で、舞台は浅草のストリップ劇場。進行係兼作家になった大学生、つまり若き日の井上氏と、周囲の人々を描いた秀作でした。

谷啓さんの役柄は「イサム」。浅草六区の映画館とストリップ劇場の間にバラックを建てて住みついたルンペンで、踊り子さんに恋をして、ちょっとした贈り物をする。そしてバラックの中にある黒電話で、毎晩その子を励まし、慰める。
大学生の「ぼく」は、バラックの隙間からその姿を見るが、電話線の先が”実はどこにも繋がっていない”ことにも気づく。そして若気の至りで、それをイサム本人に言ってしまう。
アタマのおかしいルンペンと言ってしまえばそこまでだが、イサムは踊り子に「これが最後の電話だから」と告げたのち、自ら切れた電話線をたぐり、黒電話に巻き付けて、仕舞い込んでしまう。寂寥の表情を見せながら…。

いま、あらすじを書いていても泣けてきます。しかもこのドラマを観たのは1982年の初回放送1回のみ。もう30年近く前のことです。
しかしいまでも、イサムに迫る「ぼく」(俳優・大橋吾郎のデビュー作)と、悲しそうに電話線を巻き付ける谷啓さんの表情が浮かびます。優れたドラマは細部まで死ぬまで忘れないから、ビデオなんかいらないんじゃないのか?(笑)

果たしてイサムのアタマはちょっとおかしかったのか? あるいはマトモで、すべてを理解した上で踊り子と語り合っていたのか? その「人の善い正気と、狂気の中間」を演じるのに、谷啓さん以上の配役があっただろうか?

冒頭に書いた通り、奇行&奇想の人でもある。カラフルな月がいくつも見える、天井が迫ってくる、トントンと毬の音がする等々の幻覚、幻聴がはじまったのは三歳の頃からだそうです。
唯一の自伝『七人のネコとトロンボーン』('95年・読売新聞社刊)を読むと、そのあたりは包み隠さず書いてあり、(ここがまた変わったところなのだが)特に恥ずかしがるでも、気に病むでもなく、「そんな子供だった」と締めくくっています。

多分に妄想気質的なところがあり、東京オリンピックの時にオリンピック選手の素晴らしさに対する自分の不甲斐なさに失望して、「せめて開催期間中だけでも」と赤いジャージに"JAPAN"と刺繍し、タライのお湯を重量挙げのかわりに持ち上げてリビングから風呂場へ。
家の中ならまだシャレだが、「選手に間違えられないだろうか」と白いブレザーにサングラスで代々木の選手村にまで出掛けています。もう、ここまで来ると不審者だ(しかも当時すでにクレイジーで人気絶頂だった)。

谷啓さんの演技は、先述のドラマにはじまり、数々のクレイジー映画やテレビで観ています。『聖者が街にやって来た』もそうですが、主演代表作『空想天国』('68)、『奇々怪々・俺は誰だ!?』('69)、クレイジー映画のスピンアウト作品である『クレージーだよ奇想天外』('66)を観ると、谷啓さんの魅力がよくわかります。「軽い狂気と思い込み、そしてシュールさ」です。
特にいま挙げた東宝の谷啓三部作(と勝手に呼んでしまうが)では、奇妙キテレツなシナリオ上で、実在したらかなりヤバい主人公を、嬉々として演じています。芝居なんだか、地なんだか。これぞ谷啓さんの真骨頂でしょう。

みなさんご存知の通りの物腰で、素晴らしい紳士であったことに異論はありませんが、同時にわけのわからないシュールさと軽い狂気を、芝居の上でも、そしてなんと私生活でも携えていた人物でもあった。そんな、まるでヨーロッパの個性派俳優のような深み、くだけて言えば「ブッ飛んだ」人であったことが、俳優・谷啓を唯一無二の存在として、我々を虜にしていたのでしょう。

'68年の『空想天国』で忘れられないシーンがあります。
恋人もなく、母一人子一人で暮らすサラリーマンの若き谷啓。話し相手はカエルのぬいぐるみ「ガマラ」で、妄想の中ではガマラが人間の大きさになり、一緒に踊ったり、抱き合ったりもする。しかし、その声は自分の「声色」。
酒井和歌子演じる憧れのヒロインと、いよいよ心が通じたその時、主人公は「今日は遠慮しろよ」「わかりましたヨ~ン」と自分でガマラを押し入れの中にしまう…なんだ、『聖者が街にやって来た』の原型じゃないか(笑)。
谷啓さんの主演映画を1本という方には、この『空想天国』をお薦めします。

映画とドラマについて書いていて、こんな長さになってしまいました。肝心の(?)谷啓さんとジャズについては次回に。

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