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2015年10月

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第59回-10年刻み

1980年代の中の1960年代」という文章を4回書いたがなんとなく飽きてしまったので、前回で終了。4回を通じて言いたかったのは「テクノだニューウェイヴだと言われていた'80年代は、実はかなりの部分がその20年前、'60年代のリヴァイヴァルで成り立っていた」ということだ。

それでは続く'90年代はどうだったかというと、面白いことにここでもこの「20年前リヴァイヴァル」は認められたように思う。
先日、深夜のツイッターで'90年代に流行した「渋谷系」とは何だったかを連投。改めて考えると、「渋谷系でヨシとされていたサウンド、ファッション、ビジュアル、デザインの多くは'70年代初頭のキッチュさ、大阪万博に代表されるレトロフィーチャーな感覚だった」と思った。例えばピチカート・ファイヴの代表作ともいえる『ボサ・ノヴァ2001』('93年6月発売)のコンセプトは「フィフス・ディメンション・ミーツ・セルジオ・メンデス&ブラジル66」だったが、この2組、いずれも大阪万博で来日公演を行っている。

その他、当時の渋谷あたりで流行っていた音も、'70年前後のブガルーやソウル・ジャズだったり、ソフト・ロックだったり。私の目が黒いうちは二度と目にすることはないだろうと考えていた極彩色のパンタロンも「アリ」という空気になっていたのだから、なんとも不思議なものである。

この件はどこかでじっくりと、写真や年譜を使って分析したいが、ここでハタと考えるのがさらにその次「'00年代も同様の"20年前リヴァイヴァル"があったか?」ということだ。

ううううむ…これはちょっと難しい。確かにメディアでは20年前の'80年代を盛り上げよう的な動きもあったが、実際に消費者がそれで動いたということはわずかだったと思う。'00年代初頭で、'80年代的なビジュアルで固めたものは…電気グルーヴ 『少年ヤング』のPVくらいか? でもこれ'00年代初頭じゃなくて、2007年だんだけどな。



しかしこのPVを見ると、なぜ'80年代が活発なリヴァイヴァルに繋がらなかったのかも判ってくる。だって、ダサイんだもん…(誤解のないように言っておくがモチーフとしての'80年代のダサさとPVとしての完成度は全くの別物である。このPVをディレクションした田中秀幸氏('62年生まれ。私より三歳上)のセンスは素晴らしいし、このPVも釘付けになるような魅力がある)。

'80年代というのは突然変異的にダサイ、いや、独自のテイストを持った10年間だったのか…何回も書いているが、1965年生まれで15歳から25歳までの「青春時代」を '80年代に送った私は、寂しいような、分析しなければという使命感に駆り立てられるような…。

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