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2016年03月

第63回-映画に対する初期的衝動

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やたらと難しいタイトルですが、内容はたいしたことはありません(苦笑)。

今でこそ映画本や映画評の執筆を生業にしているが、実は世に言う「映画少年」的な学生時代を送ったわけではなかった…ような、それなりに送ったような、かなり微妙なところである。
ともかくラジオから流れる音楽が好きで好きで好きで、小学校の高学年から深夜放送を聴きまくり、ロクに睡眠も取らずに「宵っ張り」を超えるほど(朝まで)聴きまくり、両親に正座させられて長時間説教されるほどだった。それは中学、高校、大学時代も変わらなかった(しかも中学以降は海外放送を聴いたり、アマニュア無線の免許を取って自分で送信したり…)。「映画少年」ではなく、「ラジオ少年」だったのだ。年に数十本~百本超えで腰を入れて映画を観始めるのは高校卒業前後なのだが、この話はまたの機会に。

しかし映画と縁がなかったわけではない。父親が邦画の、母親が洋画のマニア。しかも実家が神奈川県の逗子市にあったので、映画関係者が数多く出入りしていた。松竹大船から至近(松竹関係者がともかく多く住んでいた)、日活”太陽族”発祥の地でもあり、映画について熱心な土地柄の恩恵に浴して小学校時代から地元の上映会で『家族』(昭和45年・松竹)、『忍ぶ川』(昭和47年・東宝/俳優座)、『約束』(昭和47年・松竹)、『旅の重さ』(昭和47年・松竹)などを観ていた。

これらが今の「旧作日本映画と音楽映画を専門としたライター」に繋がるわけだが、今日の話はまったく異なる。まだ映画を本格的に観始める前、小中学校時代に観た映画でも、今と同じくらいの衝撃を受けた作品があるのだ。そしてむしろ、そんな予備知識なしに幼い頃に観た映画の印象こそ、本当の感想なのではないかとも考えている。

例えば『ジャッカルの日』(1973年・英仏合作)。映画館ではなく、テレビ初放送だった1977年4月の『水曜ロードショー』観た。当然吹替えで、父親の腹を枕がわりにして、大の字になって(いい加減な格好で)観ていた記憶がある。
しかし、どんどん作品に吸い込まれていった。後半などまばたきもしないで観ていたのではないだろうか。そして衝撃的な、「まさか!」の結末。ネタバレになるので書けないが、「映画ってこんなに凄いのか!」と心臓が破裂しそうになった。
確かに映画も凄いが結末を決めたのはフォーサイスの原作本…いや、その原作の映像化が「凄い!」と思ったのだ。勲章の授与とキスの習慣、狙撃銃のスコープから見たその姿、そして…。いま思い出しても震えてくる。しかも映画はそこでは終わらない、「結局"ジャッカル"とは誰だったのか」というあのエンディング。
実はこの作品、'77年以来40年近く見直していないのだが、DVDもブルーレイも要らない。ほぼ完璧に脳裏に焼きついて、血となり、肉となっている。

ここで感じたのは、「映画人」の我々観客の予想を超える、覆すチカラの凄さだ。その意味でこの『ジャッカルの日』は忘れ難い作品である。もう一本、『猿の惑星』のエンディングも衝撃的だったが、これこそネタバレになるので何も書けない(苦笑)。

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