Home > 2017年07月

2017年07月

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  • Comments (Close): -
  • TrackBack (Close): -

第74回-テクノ御三家-その3・プラスチックスナンバーの記憶

1980~81年当時、プラスチックスの曲は自室で、ラジカセで聴いていた。中学3年だった80年はモノラル(SONY スカイセンサー5950)で、81年4月以降は高校入学祝いで買って貰ったステレオラジカセ(SONY METAL365)で。

時間は深夜が多かったように思う。なぜか夜明け以降、4時、5時台の記憶が多い。既に夜は明けているが周囲は何の物音もせず、地球上にひとりだけ取り残されてしまったような状況で、延々とプラスチックスを聴いていた…実際はほんの数回なのかもしれないが…いや、かなり繰り返しこうやって聴いていたように思う。

それから40年近くが経ち、いま強烈に思い出されるのは有名かつキッチュな「COPY」や「ROBOT」ではなく、LPで言えばB面後半の「Deluxe」や「Complex」、あるいはA面の(これまたあまり話題にならない)「Can I Help Me?」だ。
当時は「ピコピコなプラスチックスのアルバムが、なんでこんなに暗い雰囲気で終わるのだろう?」と思っていたが、今になって考えれば完璧なまでのブリティッシュ・インヴェンション~西海岸ポップス、ソフトロックのオマージュではないか。

例えばこの「Can I Help Me?」とホリーズの「バスストップ」を並べてみる。





いやもう何でもいい。大好きなThe Move「旗を振って汽車を止めろ」と並べてもいい。



このシリアスなレトロ・ポップ感はセカンドアルバムの『ORIGATO PLASTICO』('81)で頂点を極める。これこそ今、一番聴き直したい一枚だ。たとえばこの「PEACE」-



センカンド収録の「CARDS」に至ってはもはやテクノではない。半分は60年代ロックへのオマージュ(70年代前半、デヴィッド・ボウイのグラム~ソウルテイストも入っている?)、半分は親交のあったトーキング・ヘッズに通じるエレクトリック・ファンクの表出だ。
もちろん中高生だった1980、81年当時からリアルタイムでこのようなことを考えていたわけではない。当時は漠然と「なんだか懐かしいような、物哀しいような曲だなぁ。でもジワーっといいなぁ」と考えていた。今になって「分析」すれば、このようなバックグラウンドがあったのではないかというわけだ。

実はプラスチックスはこのあとサード・アルバムのレコーディングを企画していた。しかしメンバーが持ち寄った新曲は、それぞれの指向が強く出すぎてバンドとしての統一感を欠いていたそうだ。そしてそれが解散の原因ともなった。

音楽史的にはこの後、チカトシのユニット"メロン"に行くのが正史だが、私は立花ハジメばかりを聴いていた。82年の『H』、83年の『Hm』、そして84年のソロから90年代まで。
たとえばハジメがヴォーカルをとっている上記の「PEACE」と、85年リリースの『太陽さん TAIYO-SUN』収録の「XP-41」を並べてみても良いだろう(たぶんつづく)。

Home > 2017年07月

Recent Comments
Recent Trackback
Search
Meta
Links
Feeds

Page Top

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。