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2018年10月

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第80回-ユキヒロ・ライヴ1982

音楽好きならば、ジンセイに於いて「忘れられないライヴ体験」というのは何本かあるだろう。「強烈に、その後の自分を決めてしまった」という重いものもあれば、「思い出すたびにジワ~っとトキメイて来る。特別で、甘酸っぱい思い出」というものもある。私にとっては、1982年夏の高橋幸宏のソロ・ライヴが後者にあたる。

この年の6月21日、幸宏は4枚目のソロ・アルバム『WHAT, ME WORRY?~ボク、大丈夫?』をリリース。6月から7月にかけて、細野晴臣(b)、スティーヴ・ジャンセン(ds)、土屋昌巳(g)、立花ハジメ(g, sax)という錚々たるメンバーで初のソロ・ツアーを敢行する。札幌から福岡まで全国14ヶ所+新宿ツバキハウスだった。
私は高校2年。特に受験も差し迫っておらず、一学期の期末テスト終了後に7月27日の渋谷公会堂公演(ホール最終公演。この翌日に新宿ツバキハウス)を堂々と観に行った記憶がある。確か新宿三井ビル地下のプレイガイドにチケットが残っており、逗子からわざわざ買いに行ったのではなかったか…。

このライヴがいかに特別だったか? それは高橋幸宏のソロ・アルバムを知る人ならばわかるだろう。前述した通り、『WHAT, ME WORRY?』はソロとしては4枚目。AOR調だった1978年の『サラヴァ!』は若干異質だが、当時のYMOファンが夢中になった1980年6月の『音楽殺人』の時も、1981年5月の名盤『NEUROMANTIC』の時も、ライヴは行わなかった。そして、満を持して『WHAT, ME WORRY?』でソロ・ツアー。当然それまでのアルバムの楽曲も演奏される。これが特別だった!

オープニングはインストの「WHAT, ME WORRY?」、そしてアルバムと同じ繋ぎで「IT'S GONNA WORK OUT」で幕があがると幸宏が軽快にダンスをしている。ここで観客熱狂。しかし私と、同行した後輩のY君(のちに某メジャーバンドでプロ・ギタリストとなる)が震えたのはその次の3曲目だ。「IT'S GONNA WORK OUT」まではほぼ予想通り。さて次は…なんと2年前のアルバム『音楽殺人』のオープニング、「SCHOOL OF TOUGHT」だったのだ。Y君と私は「え?ウソ?!ウソでしょ!」と感涙。前日26日の音源がYOUTUBEに上がっている。



その後も『音楽殺人』、『NEUROMANTIC』収録の思い出深い曲の数々を演奏し…本人の思い入れもあったのだろうが、それまでの数年間を幸宏のソロ・アルバムと共に過ごして来たファンには、「これ以上の体験はない」というくらいのライヴだったのだ。

ラストは『NEUROMANTIC』収録の「SOMETHING IN THE AIR」。ステージにはスクリーンが降り、PVも放映されていた。これだ。



「厨ニ時代の体験は強烈」と言われるが、高校2年夏休みの、この数時間も強烈だった。ともかく高橋幸宏の世界に100%、120%どっぷりと漬かり切った、その世界を共有した体験だったのだ。
この時のプログラムは今でも家にある。"WHAT, ME WORRY?"と書いてあるTシャツも買ったが、果たして実家のどこかにあるか、あるいはもう36年も前のこと。なくなってしまったか…。

(この時のプログラム、ホール最終公演ということもあり会場では売り切れで「引換券」を購入。8月以降に原宿の事務所まで受け取りに行くというシステムだった。逗子の海辺の男子高校生、「原宿の事務所まで?!どんな服着て行けばいいんだ?」とかなり緊張した記憶が。取りに行ったのは今は無き同潤会アパートの一室だったか…)

本当に個人的な思い入れだが、忘れられないライヴなので書いてみた。これについて語る文章が少なくて…。

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