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2019年06月

第86回-雑誌記事からこぼれたこと-その3・「ミスター・タンブリン・マン」のレコーディング



月刊誌「JAZZ JAPAN」の新作映画レビューに書き切れなかった、しかし書き残したいエピソードの三回目。

前回『レッキング・クルー 伝説のミュージシャンたち』(日本公開2016年2月)のトミー・テデスコ(g)について記した。この映画については語りたいことがまだまだ山ほどある。今回はザ・バーズについて。

ザ・バーズはロジャー・マッギン、ジーン・クラーク、デヴィッド・クロスビーによって結成されたロサンゼルスのフォーク・ロック、カントリー・ロック・バンドで、追ってベーシストのクリス・ヒルマンとドラマーのマイケル・クラークが加入し、1965年4月12日に発売された2枚目のシングル「ミスター・タンブリン・マン」が英米両国でNo.1ヒット…ということになっている。

しかしこの「ミスター・タンブリン・マン」のレコーディング・セッションで彼らは演奏していない。当時のロック・バンドでよくあった話だが、実際の演奏はレッキング・クルーによるものだった。ピアノはラリー・ネクテルとなんとレオン・ラッセル、ギターはビル・ピットマンという地味な職人、ベースはラリー・ネクテル、ドラムはもちろんハル・ブレイン…。

ところがここからが面白い。激怒するメンバーを尻目に、ロジャー・マッギンだけはギターを弾くことを「許された」というのだ。この映画の中でそれを語る彼の嬉しそうな顔。「あのレッキング・クルーに認められた」というのはフォール・ロック出身の若きギタリストにとってどれほど名誉なことであっただろうか。
彼は「偉大なバンドとプレイするチャンスが来た!」と思ったそうだ。そうしてシングル2曲(c/w "I Knew I'd Want You(君に首ったけ)")は3時間で完成。半年後、自分たちで演奏した4thシングルの「ターン、ターン、ターン」は77テイク目でやっとOKが出たそうだ。

ベーシストのジョー・オズボーン(サイモン&ガーファンクル「明日に架ける橋」、カーペンターズ「遥かなる影」、そしてママス&パパス「California Dreamin」など数百曲に参加)は若いロック・バンドについて「助っ人になる時と総入れ替えの時があった」と語った。後者の典型はみんな大好きアソシエーション。彼らはレコーディングでは一切演奏していない。「ウィンディ」も「かなわぬ恋」「恋にタッチはご用心」…いずれもレッキング・クルーの名演奏なのだ。

(好奇心旺盛な方はアソシエイションが自力で演奏をしているこちらのテイクを。いやはやなんとも…ベースについて言うと大体全盛期のオレと同じくらい…)

しかし中には、若手ながらもレッキング・クルーとこのコラボレーションで素晴らしいサウンドを生み出す強者もいて…という話は次回に。

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