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第3回-わがジンセイの名作映画・その1

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フェデリコ・フェリーニとニーノ・ロータについての原稿を書くため、YouTubeで『道』('54)のダイジェストを観た。関連リンクで『若者のすべて』('60)を発見。そして家に帰ると、成瀬巳喜男の『秋立ちぬ』('60)が録画されていた。わずか半日ほどの間に、私の生涯のベストと言える名作映画に触れ、感慨ひとしお。
映画についてはかなりの量の文章を書いたけれど、改めて考えてみると、いつもあるテーマに則って、系統的に映画紹介を行って来たため、全くランダムに、ただ「私が好きな映画」という括りで語ったことはなかった。せっかくブログを始めたのだから、今日はそれを書いてみよう。初公開の「マイ・オールタイム・ベスト」だ。洋邦新旧入り乱れて、無理矢理にベストテンをつけると以下の通りになる。

1.青べか物語
2.フィツカラルド
3.丹下左膳余話・百萬両の壺
4.独立愚連隊・西へ
5.若者のすべて
6.道
7.天狗飛脚
8.天国と地獄
9.秋立ちぬ
10.乱れる
11.東京物語
12.用心棒
13.幕末太陽傳
14.極楽剣法(前後編)
15.アメリカン・ウェイ
16.ペパーミントキャンディ
17.しとやかな獣
18.洲崎パラダイス・赤信号
19.豚と軍艦
20.カイロの紫のバラ

年間100本ペースという時期もあり、たぶん通算で千数百本観ていると思うが(数えたことがない)、その中のベスト20が上記である。日本、ドイツ、イタリア、イギリス、韓国、アメリカ。チャンバラもあれば悲恋モノ、コメディ、サスペンスもある。見事なくらいに目茶苦茶だな(苦笑)。
ベスト3、いや、ベスト4、いやベスト5は「同率首位」と言ってもいい。甲乙付けがたい名作で、たぶん私はこれらの記憶を携えて、墓に入って行くのだろう。

13位に挙げた『幕末太陽傳』('57年・日活)ばかりが話題になる川島雄三監督だが、川島の真の最高傑作は『青べか物語』('63年・東京映画)だと考えている。川島は現存する50作品をすべてスクリーンで観ているが、その上での、私なりの結論だ。オープニングの空撮から身震いがした。そして池野成の荘厳すぎるジャズ交響楽! すべてが特別なのだ。
「川島がロケハンの時の浦安の曇天を気に入り、照明を上げて絞りを深め、全編を人工の曇天にした」という特殊なこだわり。私はいま、『幕末太陽傳』の舞台となった「品川浦」の船着場に住んでいるが、曇り空の入り江を見ると、強烈ままでに『青べか物語』の映像がフラッシュバックする。摩訶不思議な重さ、暗さ、粗さを持った画と音で繰り広げられる、悲喜劇の数々。東京からやって来た作家先生と、あまりにも生々しすぎる地元民の対比。これぞ川島の真骨頂である。また主演・森繁の語りがイイ!
舞台となった浦安には2001年に「浦安市郷土博物館」が開館。あの映画の世界が、屋内外で再現されているという。山本周五郎の原作との比較から、いままで語られていなかった川島演出の妙味にも気づいた。いつか彼の地を訪れて、まとまった文章にしたいと考えている。

さて、『フィツカラルド』('82年・ドイツ)。昭和30年代の千葉・浦安から、18世紀末南米・ペルーの密林へ。文章を切り換えるのが大変だ(笑)。アマゾン川のはるか奥地イキトスで、オペラ・ハウスの建設を夢見る型破りな男の物語。
この作品を観たのは、一浪時代の1984年。ヴェルナー・ヘルツォーク監督作品というのは、私にとっては、もう、理屈ではないんだな。『アギーレ/神の怒り』('72年)にしても、『カスパー・ハウザーの謎』('74年)にしても、オープニングであのザラっとした空気を感じると、心から落ち着く。ぴったりと馴染む。「ここが私の居場所だ」とまで思えて来る(一部川島作品も同じ印象だ。1992年以前のムーンライダーズも同じ)。
十代最後の年にヘルツォークを知り、二浪を経た大学1年の時、日本ドイツ文化会館で特集上映に通った。近年の作品はなんとも不思議なテーマ選択になっているが、例えば'91年の『彼方へ』などでも、ヘルツォーク流の「アタマを左斜めうしろから撃ち抜かれる感覚」は感じとれるだろう。
リットー・ミュージックの雑誌『ピアノスタイル』に書いたが、私は三軒茶屋の名画座で、この作品が始まるなり、オープニングで泣きだしてしまった女性を見たことがある。「どうしたの? 大丈夫?」と、一緒に来ていた連れの女性が心配して尋ねる。「うん。これから始まる内容を思い出したら、感動して泣いてしまって…」。『フィツカラルド』とは、そんな作品である。それにしても、あの美しいエンディングたるや…。

『丹下左膳余話・百萬両の壺』('35年・日活)は、日本映画史のベスト5に入るだろうな。とんでもない思い出がある。2000年6月に東京・千石の三百人劇場で行われたニュープリント上映でのこと、フィルムの欠けと音声の不明瞭さが邪魔をしていた、こまかい演出の妙や洒落の効いたセリフがすべてわかり、客席は爆笑の連続。エンディングに向けて、場内は異常なほどの熱気を帯びつつあった。ここで私は、映画を観ながら危機感(?)を感じてしまったのだ。「この興奮状態、この熱気で”あの”ラストシーンを迎えたら、大変なことになるぞ!」と。
『百萬両の壺』を観るのはこのときが3、4回目で、物語はもちろん、画面までも良く覚えていた。ネタバレになるのでここには書けないが、すべてが決着し、本当のラストシーン。大河内傳次郎が退屈そうに弓矢を掴み、そして…。
私は映画館で、あれほどまでの歓声を聞いたことがない。満員の場内、全員が拍手。立ち上がって、スタンディング・オベーションをしている者までもいる。私ももちろん、力の限り拍手をした。何回も観ている作品なのに、新たな感動で涙が止まらなかった。1935年、昭和10年の、しかも92分にすぎない軽喜劇の小品である。それがこの感動と興奮。
監督・山中貞雄が、中国河南省開封市で戦病死したのは、この作品から3年後。わずか28歳での夭折であった。「日本映画界最高の監督は山中貞雄」という人も多い。確かにそうだろう。2000年の上映で、私も山中の天才を痛感した。

えーと、すいません。3位までで、丁度1回分の文章量かと。4位以降は、これから数回に分けてご紹介します。
長くなりそうだな、この話題(苦笑)。

≪今回のお楽しみリンク≫

◇『フィツカラルド』本国ドイツ版予告編。私も初めて観ました。
http://www.youtube.com/watch?v=F53yUsgVuL0

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