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第31回-幻の(?)韓国映画『GO GO 70s』-その2

gogo70-02.jpg

1972年、軍事政権が支配し夜間外出禁止令が布かれていた韓国に、深夜0時から早朝4時まで、ゴーゴークラブ内でオーティス・レディングやアイザック・ヘイズ、ウィルソン・ピケットを、「ソウルマン」や「ムスタング・サリー」、そして「ダンス天国」や「I've Been Loving You Too Long-恋をしすぎた」を一晩中、狂ったように演奏していたソウル・バンド"デビルズ"がいた…というセミ・ドキュメント映画『고고70』('08年・チェ・ホ監督)ご紹介の2回目。今回は実話部分と演出について、最小限の範囲で触れる。

いま敢えて「最小限の範囲で」と書いたのは、やはり題材が題材ゆえ、登場人物にデリケートな背景があり、監督のチェ・ホ自身が「(デビルズのスポンサーでありながら最終的には政府側に就いてロック粛清を行う)イ・ビョンウクにはモデルがいると聞きましたが、実際にモデルの人自身も禁止曲選定を強いられたのですか?」という問いに、「デリケートな部分で、モデルの方は音楽界で有名な方でお名前は伏せさせてもらいます」と答えているためである。

とはいえ…現地韓国のネット上では、このあたりの人脈はすべて明らかになっている(さすがのお国柄?)。イ・ビョンウクのモデルは、ゴーゴークラブ"ニルヴァーナ"のプロデューサーで、米国ビルボード誌の韓国特派員も務め、'80年代に人気を博した音楽雑誌『音楽世界』(음악세계)のライターでもあったソ・ビョンフ氏だ。
ソ氏はいまやラップ・グループ"ドランケンタイガー"のMC、タイガーJKの父親として知られており、実はその母親が劇中で「大邱からバンドを追いかけて出てきたダンサー」、ミミ(シン・ミナ)のモデルとなった女性だそうだ。

このあたりはちょっと複雑である。つまりデビルズは実在、そのスポンサーであった音楽評論家のイ・ビョンウクも実在、そしてデビルズをヒットに導いたダンサーの"ミミ"も実在ではあったが、別に大邱から出てきたリーダーの恋人というわけではなく、実在のソ・ビョンフ氏がソウルで結成したダンスチーム、"ワイルドキャッツ"のリーダー、ヨ・ソンヌン嬢がモデルである。「デビルズと一緒にダンスを披露したこともあったかもしれないが、映画のように"専属ダンスチーム"であったわけではなく、またのちにソ・ビョンフ氏の妻となり、タイガーJKの母となるわけなので、その人間関係は推して知るべし」ということだ。まぁ、このあたりは純粋に「劇映画」と考えた方が良いだろう。

実は本作の製作にあたり、ソ・ビョンフ氏から「事実を歪曲している」という抗議があったそうだ。ソ氏が最もナーヴァスになるところは、当然、「最終的には政府側に就いてロック粛清に手を貸す」ところだろう。これについては監督のチェ・ホは「彼は禁止曲を選び軍事政権に協力したのですが、当時としてはそうするしかなかった」と語っている。これについては、如何ともしがたい残念な史実、ということになるだろうか…。

但し、映画の中ではソ氏にあたる人物イ・ビョンウクが、禁止曲選定に手を貸したのちに、公務員証を振りかざしながら軍部に毅然と歯向かうシーンがあり、ソ氏の置かれた微妙な立場-完全な「板挟み」になり震えながら歯ぎしりをする-を表しながら、その功績を讃え名誉を傷つけない巧妙なシナリオになっていた。ここは脚本家のキム・スギョンの巧さで、実に見応えがあった(こういうホンや演出が日本映画でも観たいとも思った…)。

gogo70-03.jpg

しかし韓国の熱心なロック研究家(私のような人物が韓国にもいるのだ!)からすると、'70年代初頭に長髪取り締まり、退廃文化取り締まりがあったことは事実だが、それによって劇中にあったようにロッック・ミュージシャンたちが収監されて拷問を受けるのはむしろ'74、'75年頃の大麻事件での処罰を思わせるものであるそうだ。ここは演出的に数年分をまとめてしまったか。
ちなみに数百曲が一気に「禁止歌」とされた朴正煕政権下の「緊急措置9号」は事実で、'75年6月のことだった。ここで前出のソ氏が絡んで来るわけだが、確かにいまとなっては語りたくないことだろう。

劇中でデビルズから分裂したメンバーが出演した清涼里の「大王ホテル」は実在の名称だそうだが、演奏中の爆発火災事故から数十名の観客と供に死亡するのが事実かどうかはわからなかった。

後半部、結末についてはどうだろう。チェ監督は「麻薬取り締まりを名目に拘束された後で、みんなが銭湯にいるシーンまでが現実です。(独裁政権の圧力でバンドは音楽活動ができなくなり)誰々は日本に出稼ぎに行った。誰々は音楽を辞めたというのが事実に基づいていることです」と語り-ここにその全編の結末を書くことははばかられるが-"催涙弾に打ち勝った"感動的な一夜はあくまで映画的な創作であると明言している。

gogo70-04.jpg

とりあえずここまでにしよう。ライバル・バンドだった"フェニックス"も実在のバンドであるとか、デビルズのリーダーは本当に兵役忌避者だったとか、調べれば調べるほど興味深い「大韓ロック」の一頁が現れるが、それはこれからの長い楽しみにしようと思う。チェ監督と、脚本家のキム・スギョンが参考にした『韓国ポップスの考古学』の邦訳が出ていないのが実に残念である。ハングル検定5級という私の韓国語力では、原本を読むには何年かかるやら…。
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