Home > 音楽 > 第73回-テクノ御三家-その2・プラスチックスの特別さ

第73回-テクノ御三家-その2・プラスチックスの特別さ



中西俊夫の早すぎる死去をきっかけに書き始めたテクノ御三家について。「プラスチックス派、ヒカシュー派、Pモデル派に分かれる。そしてそれが、幼いながらもその人の趣味や性格を表し、ひいてはその将来までも…」というお話しの第二回。

1979~80年のテクノポップ大流行まで、パンクが最も進んだ音楽だと思って聴いていたので、パンクとマシンを完璧にミックスしたP-MODELにもシビれた(中学生のナケナシの小遣いで「ヘルス・エンジェル」のドーナツ盤を買った。50歳を過ぎてもまだ持っている)、ニューウェイヴ的な奇抜さとイケナイものを聴いている感じではヒカシューのサウンドが群を抜いていた。ヒカシューにはかなりハマり、アルバムも買い続けてかなり後年にもライヴに行った。

しかし、しかしである。なんというか「俺が求めていたものはコレだッ!!」感、100、120、1000%のジャストミート感があったのはプラスチックスだった。一体どこにシビレたのだろう?…。

まず何と言ってもそのサウンドのレトロ感だ。実際にモンキーズの「恋の終列車」や、ビートルズ武道館公演の前座でドリフターズが演奏した「ウェルカム・ビートルズ」のカヴァー(正しくは「ウェルカム・プラスチックス」)もやっていたが、オリジナル曲の多くが1960年代のエレキサウンドやブリティッシュ・インヴェンション、さらにはGSサウンドを彷彿とさせるもので、古い映画や深夜放送で聴くそうしたサウンドに狂っていた私は「アレをシンセでやってくれるバンドが登場した!」と狂喜した。

この中学生の狂喜は、実はプラスチックスのコンセプトそのものでもあった。かなり後年になってから立花ハジメのインタビューで知ったのだが、「60年代のロックに胸がキューンとしたあの感じを、今のセンスで再現するとどうなるか」が彼らのコンセプトだったそうだ。

もちろんレトロ感だけではない。その「音の良さ」にもシビれた。ヒカシューほか何組かのバンドがドラムレスで、ローランドのCR-78(コンピュリズム)というリズムマシンを使っていたが、この音が最もストレートに、魅力的に収録されていたのがプラスチックスではなかったか。
トシとハジメの60'sギターもイイ、佐久間正英のシンセ(JUPITER-4が多かった)もオルガンサウンドを多用しまくりで日本のGSのようだった。確かに「COPY」や「ROBOT」といった近未来を匂わせる曲もあったが、それも60年代の人々が描いたキッチュな未来像の音像化のように思える(←これはごく最近気付いた)。

デザイナーやスタイリストの兼業バンドであったので、アートワークやファッションも洗練されており、そして上で述べたレトロフューチャーなサウンド。「プラスチックスについて行けば、自分の望む音楽もファッションも、すべて実現できるのではないか」と、まるで取り込まれたようになってしまった1980年1月、中学2年の3学期であった(父親がドレメの教師をしていたのも関係があるのかもしれない。これもごく最近気がついた。プラスチックスはなんとな~く服飾系大学の学内の"アノ雰囲気"に通じるものがあった)。

しかしこの「読み」は概ねハズレではなく、その後数十年、彼らから広がる世界を追い続けることになる(つづく)。
スポンサーサイト

Comments:0

Comment Form

Trackback+Pingback:0

TrackBack URL for this entry
http://sadanari.blog16.fc2.com/tb.php/75-95367285
Listed below are links to weblogs that reference
第73回-テクノ御三家-その2・プラスチックスの特別さ from サダナリデラックスブログ

Home > 音楽 > 第73回-テクノ御三家-その2・プラスチックスの特別さ

Recent Comments
Recent Trackback
Search
Meta
Links
Feeds

Page Top